【執筆論文転載】産学協同デザインシンキング

2023.08.18
  • ものづくり

1 はじめに

デザインシンキングという言葉を耳にしたことがおありであろうか。海外の飲料メーカや保険会社,医療機関のデザインシンキングを用いたイノベーション事例は有名である。一方,とくに国内の製造業においては活用されているという話をあまり耳にしたことがない。デザインと聞くと模様や色といったいわゆる意匠を思い浮かべる方も多いかもしれないが,ここで言うデザインとは広く物事の設計行為全般を指している。したがって,製品やサービスに限らず職場環境や業務プロセスまで,人間が関わる事柄であればすべてが同手法の対象となり,あらゆる場面での課題解決に適用することができる。本稿では山形県にある鶴岡工業高等専門学校(以下鶴岡高専とする)の学生と,同県の企業である株式会社最上世紀(以下最上世紀とする)の社員による産学共同のデザインシンキングワークショップの事例を紹介し,今後の展望についても述べる。

2 高等専門学校を取り巻く状況

2-1 高等専門学校への期待

高等専門学校の学生は,卒業後約6 割が就業し,そのうち約9 割が専門職また技術職に従事するなど,製造業の即戦力として活躍していることがうかがえる[1]。また,経済財政運営と改革の基本方針や未来投資戦略の中でも高等専門学校への期待が明言されるなど,国からも今後の製造業を支えていく存在として期待されている[2]。さらに学生の地元で就業することによる地方創生を担う役割としても高等専門学校への期待は年々高まっている[3]。教育内容においても自主的な教育改革,イノベーション人材の育成も求められており,各校が独自の教育カリキュラムを築こうと試行錯誤している状況にある。

2-2 鶴岡工業高等専門学校の特徴

鶴岡高専は独自の取組を数多く実施しており,海外教育機関との連携や高専生サミットへの参画,2019 年にはCDIO1への加盟が認められるなど精力的に変革活動に取り組んでいる学校である。また,KOSEN4.0 イニシアティブ2採択を受け地元産業との前衛的な活動を積極的に行っており,本活動もそれらの一環として取り組んでいる。

3 製造業を取り巻く状況

3-1 イノベーションの定義

近年,企業の中期経営計画などでは必ずイノベーションという言葉を見かける。イノベーションと聞くと奇想天外なアイデアを思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれない。イノベーションの定義はさまざまあり,現在有力な定義はOECD(経済協力開発機構) の「OsloManual3」で策定された「自社にとって新しいものや方法の導入」とされ,技術的なイノベーションとマーケティングや販売方法のような手法のイノベーションの両面を含んでいる[4]。よってイノベーションは技術開発時だけではなく,顧客が製品やサービスを手に取る前から利用した後までを含めたユーザ体験の全般で考えなければならないことがわかる。

3-2 日本のイノベーション創出力

日本のイノベーションを起こす力,すなわちイノベーション創出力はどうであろうか。各国のイノベーション創出力をランク付けしたGlobal Innovation Index によると,日本は2008 年には3 位であったが2014 年に23位に転落したのち,ここ数年は15 位近辺を行き来している[5]。評価としては,日本はイノベーションの土台となる研究成果やインフラは高く評価されている一方,創造的なアウトプットが少ない点で評価を下げている。また,企業の組織体制の柔軟さが低いこと,また人材の多様性が低いことや起業への投資の少なさ,イノベーション人材を育成する教育が不足している点なども評価を下げている要因であるが,これらは変化やリスクを避けたい保守的な文化も影響しているようにも見える。昨今のパンデミックでは,従来型の日本の企業の強みが通用しなくなってきた面もうかがえる。人々のさまざまな行為がデジタル化され,企業と市場との関わり方も対面・現物からリモート・オンラインへと移行し,消費者へ提供する価値そのものも大きく変化してきた。たとえば以前はローコストを謡う企業が行っていたようなオンラインのみに限定した窓口業務も対面や接触を避けるコロナ禍においてはむしろ価値があるサービスとなり,一方,対面型の「おもてなし」は防疫の観点から避けられるものとなってしまった。このような急激な価値変化が起こっている今,臨機応変に新しい価値を創出し続けられるイノベーション創出力が求められているのではないだろうか[6]。

3-3 製造業に求められる2 つのイノベーション創出力

では製造業におけるイノベーション創出力はどうであろうか。経済産業省の調査によると,ほぼすべての業種と企業において10 年前と比較して製品やサービスのライフサイクルが短くなっていると回答した[7]。製品のライフサイクルが短くなれば既存製品や既存事業を改良する,いわゆる漸進的イノベーションだけを続けていたのでは,一つの製品で利益を得られる期間も短くなってしまう。一方,破壊的イノベーションは自社に有利な市場を形成し自ら収益の源を作り出していく。その結果,GAFAのような巨大グローバル企業を次々と誕生させている。この二つのイノベーションについては第1 図のClayton Christensen による図がわかりやすい。これはある企業が漸進的イノベーションによりある製品の性能を向上し続けたとしても,破壊的イノベーションが出現すると一気に顧客を奪われてしまうジレンマを表している。Kodak がフイルム事業に固執し続けた結果,デジタルカメラにカメラ市場を奪われてしまったことは代表的な例である。さらに,破壊的イノベーションは業界内のヒエラルキーを逆転させてしまうこともある。たとえばMobility as a Service において自動車は移動サービスを提供するための手段の一つとなり,ユーザは移動サービスの提供者に代金を支払うため,従来の業界構造とは大きく変わってしまう。

また,ユーザが価値を感じるポイントが変わってしまうようなこともある。たとえば,ある製品における技術が成熟してくるとユーザは性能に価値を感じなくなってしまう。その結果,その製品使うことで何かしらの感情を満たされたいといった意味的な価値が求められるようになることがある。このような場合には漸進的イノベーションでは価値提供を続けることが難しく,破壊的イノベーションにより新たな価値を添える必要が出てくることがわかる。
さらに,企業は事業環境の変化にも対応が必要である。たとえば,世界中の企業と消費者がインターネットで繋がっている今,欧米諸国や新興国の企業は破壊的イノベーションを起こして顧客を奪おうとしてきている。企業はこれまで国内の競合だけを意識していればよかったが,世界中の見えぬ相手と戦わなければいけなくなった。

ただ,筆者は破壊的イノベーションだけを追求すべきだとは考えていない。たとえば,日本の製造業が得意とするすり合わせ技術はこの先も競争優位性があると考えられる。堅実に漸進的イノベーションを起こし収益の柱を確保しつつ,破壊的イノベーションも並行することで新規事業や付加価値も探求し続ける両輪の姿勢が必要と考えている。

第1 図ローエンド型破壊イノベーション出所)クレイトン・クリステンセン著,伊豆原訳「イノベーションのジレンマ」(Harvard Business School Press, 2001)より引用作成
第1 図ローエンド型破壊イノベーション
出所)クレイトン・クリステンセン著,伊豆原訳「イノベー
ションのジレンマ」(Harvard Business School Press, 2001)
より引用作成

3-4 イノベーション創出力とデザインシンキング教育

3-2 で触れたGlobal Innovation Index において,スイス連邦はここ数年間1 位を獲得し続けている。同国が高く評価されている背景には独特の教育システムがある。スイス連邦では日本の高等学校に該当する後期中等教育以降に,企業でインターンとして働くことができる仕組みがある。また学校でも産業界の状況を横にらみした実践的な教育を行っている。教育機関でイノベーションの種と人材を育て産業界へ送り出す産学連携システムが同国のイノベーション創出力に繋がっていると評価されている。

さて,日本にはまだそのような仕組みはないが,産学連携デザインシンキングも日本のイノベーション創出力向上に資すると考えている。デザインシンキングそのものがイノベーション創出力を養うことが可能であり,加えて産学の橋渡しとしても優れているからである。デザインシンキングは参加者の視点や直感といった個々の性質を重視するため,テーマに関する技術的な知識はなくとも学生と社会人が対等な立場で臨むことができると考えている。

4 デザインシンキングの解説

4-1 デザインシンキングの手法

デザインシンキングは米国のデザインコンサルティングファームIDEO や米Stanford 大学内のd.school,またGAFA のような大企業の中で活用されながら進化をしてきた手法である。IDEO の代表であるTim Brownによるとデザインシンキングの本質は「人々を直接観察し,何を疎い何を欲しがるのかを正しく捉えること,それらを製造から流通,製品やサービスそのものに至るまですべての過程で捉えること」[8] とされているが,少し概念的であり実行のしかたがわかりにくい。そこで筆者は,第2 図のステップ論でデザインシンキングを行っている。

一つ目のステップでは考えたいテーマについてユーザの観察やインタビューを行いながら第3 図のJourney
Mapなどを用いて感情の推移や特異点を捉えつつ,背景にある価値観を理解しユーザに共感する。

二つ目のステップでは問題を定義する。これはClaytonM. Christensen が唱えた「Job To Be Done」(ユーザが本当に片付けたい用事)という考え方がわかりやすく,これはユーザの言動や行動は真の願望を表すとは限らないということである[9]。たとえばHenry Ford は「昔『速い馬が欲しい』というユーザの声をそのまま捉えていたら今頃自動車はなかっただろう」と語ったことは有名である。

三つ目のステップでは課題を解決する創造的なアイデアを考える。この創造的という言葉は特殊な能力が必
要と思わせがちであるがそうではない。たとえばSteveJobs は“The Next Insanely Great Thing” の中で「創造という行為は物事の再構成である。(中略)創造は人より多く経験したり経験したことについて多く考えたりするから成しうるのである(Wired article, February,1996, 訳は引用者による)」と述べており,誰にでも能だということである。
四つ目のステップではアイデアのプロトタイプを製作しユーザテストを行う。プロトタイプをユーザにテストしてもらうことで,理解や問題の定義がずれていないことを確かめながら,さらにアイデアを熟成していく。
プロトタイプには第4 図のように目的に応じて種類がある。いきなりファンクショナルやデザインに入らず,ダーティープロトやペーパープロトでユーザに違和感がないか確かめることが重要である。デザインシンキングのアイデアは機械的な性能はさほど重要ではない場合も多く,この点がプロダクトアウト型の製品開発とは大きく異なる点である。

第2図 デザインシンキングの4ステップと思考軸
第2図 デザインシンキングの4ステップと思考軸
第3図 フレームワークの事例「Journey Map」
第3図 フレームワークの事例「Journey Map」
第4図 プロトタイプの種類とステップ
第4図 プロトタイプの種類とステップ

5 産学連携デザインシンキングワークショップ

5-1 実施概要(2019年度)

鶴岡高専での産学共同デザインシンキングワークショップは2019年度に始まり毎年開催している.筆者の所属する株式会社O2はデザインシンキングワークショップのデリバリを行いながら,デザインシンキング教育の定着化へ向けてご支援させていただいている.2019年度のワークショップは同じ山形県の企業である最上世紀に参画して頂いた.同社は車載部品を中心に製品の設計から金型の製作,さらには射出成形やアセンブリも行っている樹脂製品のプロフェッショナル企業である.そこで,本ワークショップのテーマは「高専生の考える,今までにないカッコいいカワイイ樹脂とは?」とし,樹脂についてデザインシンキングを行って頂いた.ワークショップの初日には同社の事業内容や2色成形をはじめとする最新の射出成形技術を講義して頂いた.学生はアセンブリ前の自動車部品やその製造技術について興味深く学んだとともに,企業メンバの業務の姿まで知ることでよいアイスブレークにもなった.第5図にワークショップ中と最終プレゼンテーションが地元メディアにとりあげられた様子を掲載する.

第5図 第1回ワークショップの概況
第5図 第1回ワークショップの概況

5-2 テーマ設定およびチーム分け

テーマの狙いを企業視点と学生視点で説明する.最上世紀は企業間取引を中心とする“B to B”型企業で製品のエンドユーザとの接点は少ない.そこで今回,樹脂製品を使用する際のユーザエクスペリエンスをデザインすることで,新規事業創出の際に活用できることを狙いとした。また,Z世代ⅳとワークショップを行うことで,今後の消費の中心世代の思考様式や行動様式を理解し既存事業における提案力の向上も狙いとした.

学生においては社会人となった際にデザインシンキングスキルを活用して頂くためだけではなく,普段無意識に使用していた樹脂をプロフェッショナルとともに見つめなおすという貴重な学びの機会を得て頂いた.

次にチーム分けを説明する。チーム分けは各4名程度とし,必ず学生と企業とを混ぜることとした。メンバの専門領域や性別はデザインシンキングの結果に大きく影響してくるため,事前に振り分けを行っておいた。それでも,発言や思考の極度な偏りを無くすため,ワークショップ中でもメンバを入れ替えることもあり,メンターはチームの雰囲気やメンバ同士の関係性を注視しておく必要がある。

5-3 テーマ設定およびチーム分け

5-3-1 ステップ1:理解と共感

まず樹脂またはプラスチックという言葉から思いつく言葉を第6図のように「不満-願望」軸と「実現できている-実現できていない軸」に分類した。右下の領域に分類された課題は解決する価値が高く,重点的に深堀をした。出た言葉の背景をインタビュー形式で掘り下げて行く中で,書いた本人も意識しなかったような深い心理が掘り起こされ,インタビュイーも思わず頷くようなシーンもあった。

ワークショップでの事例を紹介する。掃除の時の樹脂製品の汚れや破損などの不満について話し合ったチームがあった。 そこで,インタビューとJourney Mapを用いて掃除開始からの感情変化を表現していったところ第7図のように2種類の曲線が存在することが分かった。

1つ目は両親や配偶者に指示されて開始する受動的掃除でJourney MapのTensionの推移からもネガティブな感情を伴うことが分かる。一方2つ目は例えば試験勉強中に学習環境を整えようと始める言わば能動的掃除であり,Tensionの推移からもポジティブな感情を伴うことが分かる。このように,フレームワークを使用すると変化点を捉えやすくなり,ユーザの感情の変化や矛盾した行動を見つけやすくする効果もある。

第6図 不満・願望マトリクス(参加者のワーク)
第6図 不満・願望マトリクス(参加者のワーク)
第7図 掃除の時のJourney Map(参加者のワーク)
第7図 掃除の時のJourney Map(参加者のワーク)

5-3-2 問題の定義

ここでは「Job To Be Done」を定義した.ステップ1の理解と共感で得られたユーザの行動や感情の変化から,ユーザが本当に解決したいことが何かを考えた.

ワークショップでの事例を紹介する.キャンプやバーベキューなどのアウトドアシーンにおいて,樹脂製の皿やカトラリーを使用した後の片付けに不満を挙げたチームがあった.使い捨ての紙皿を使用して廃棄すれば解決するように思えるが,ゴミ箱を探す手間がかかり,また廃棄や川で洗うという行為は環境美化への罪の意識を感じてしまうとのことであった.それらネガティブに感じた心理についてさらに深堀したところ,(不満があるにも関わらず)何のためにアウトドアを行うのかという自問に至った.結局,アウトドアを行う目的は友人や家族と非日常を楽しむためであり「可能な限り長い間現実に戻されることなく体験を終えたい」すなわちテンションを下げないようにする方法が解くべき真の問題であると判明した.このように,第6図の右下の領域においては製品の技術的な問題よりユーザに問題(克服すべき課題)があるケースがしばしばある.冒頭でも述べたが,このようにデザインシンキングは技術の課題より人間の内面や,人間と物事の接点における課題を発見し解決するのに優れている.

5-3-3 アイデア発想

ここではブレインストーミング法や第8図の四則演算などを用い問題解決のアイデアを発想した.注意すべきは,技術だけで解決しようとしないことである.精密さや高速さのような技術的な性能は漸進的イノベーションの対象であり,一方デザインシンキングは新しい価値を創出するためアイデアの方向性が根本的に異なる,

ワークショップでの事例を紹介する.第7図のチームではどうすれば受動的掃除を能動的掃除のようなTensionへ変えられるのかをブレインストーミングを使って考えた.当時の記録が無いため文字にて説明する.まず,日常生活において楽しいと思える瞬間を思いつくままに書き出していったあと,似たものをグルーピングしていった.ゲームや買い物や食事といった普遍的なものが多かったが,高専生らしく実験やDIYというキーワードも出てきた.そこで,第8図の発想法を利用し,楽しいと思う要素を掛け算してみた(表1参照).

第8図 四則演算によるアイデア発想法
第8図 四則演算によるアイデア発想法

5-3-4 プロトタイプ製作・ユーザテスト

ここではアイデアを醸成するためにプロトタイプを製作しユーザにテストしてもらった. デザインシンキングではV字モデルのような検証積上げ型の開発プロセスとは異なり,仮説の検証からアイデアの醸成までユーザテストによるtrial and error形式で行う.仮にユーザがアイデアに違和感を覚えた場合には説得や説明は行わず,違和感の原因を徹底的に掘り下げ再検討し,必要な場合には厭わず理解と共感や問題の定義まで戻る.デザインシンキングではtrial and errorとscrap and buildを恐れたり妥協したりしない精神力が必要とされる.

今回先生方より「学生たちにscrap and buildを経験させたい」という要望を頂いていた.その狙い通り,あるチームのテストユーザから「あなたたちが定義した問題は無理やりこじつけたように思える」という指摘が出たところ,それを火種にチーム内で喧嘩が起こってしまった.ワークショップではありがちな場面である.学生は長い学校生活の中で1つの答えの導き方を教えられてきたし,我々社会人も常に合理的な思考を求められ続けてきたが,デザインシンキングでは正しい答えもただ1つの答えもなくなる.彼らもこれまで正しいと思っていた思考が通用しなくなり無理やり答えを出そうとしたのだが,ユーザに図星を突かれてしまったのだろう.このような場合,正解はユーザの指摘にしかないということを受け入れ,思い切ってふりだしに戻ってみるべきである.

5-4 本ワークショップの結果

各チームのワークは表1のように環境に関した内容が多く見られた. Z世代は樹脂のリサイクルの義務感を解消すると共に,それらの行為が明確に自身や社会の利益に繋がる姿が見えるという意味的価値を求めていることが分かった.企業側参加者にとっては,廃棄やリサイクルのシーンでのユーザ価値を考えた機会はあまりなく,今後の樹脂事業の在り方を考えるうえで示唆に富んだ新しい視点を得られたとのことであった.

本ワークショップは短期間での開催であったため表1のアイデアを第9図のような1回目のプロトタイプに落とし込んだところで終了したため,アイデアを十分に具体化しきれなかったという声も参加者から聞かれた.

表2にはそのような参加者の声を掲載する.企業メンバの学生への積極的な歩み寄りのおかげで,趣旨の1つであった学外の知見を得られたように見える.また,学生参加者と企業参加者ともに学業や業務においての思考の転換に活用されているとのことであった.

表1 各チームの結果(1サイクル終了時)
表1 各チームの結果(1サイクル終了時)
第9.1図 ダーティープロト(チーム1作成資料引用)
第9.1図 ダーティープロト(チーム1作成資料引用)
第9.2図 ペーパープロト(チーム2作成資料引用)
第9.2図 ペーパープロト(チーム2作成資料引用)
表2 終了後のアンケート結果
表2 終了後のアンケート結果

6 産学連携デザインシンキングの課題と展望

産学連携デザインシンキングの課題を述べる.1つ目は活動期間の確保である.成果を出すためには4ステップを多数回繰り返す必要があるため,長期間にわたり学校行事や業務との調整が発生するため,教員や経営者も本活動に参画し周囲へ理解を促して頂くことが望ましい.

2つ目はメンターの人材確保である.少なくとも2~3チームにつきメンターを1人は設けるべきである.メンターは活動初期にはメンバのメンタルをケアし,後期になると俯瞰的な意見を提供する必要がある.デザインシンキング初期はありきたりな結果しか出ないことが多く,結果に落胆し諦めてしまうケースが多い.そのような失敗の虚無感や恐怖心を克服するには参加者のマインドを変えていく必要があり,デザインシンキングを理解したメンターを寄り添わせておく必要がある.また,後期には舵取りの役目としてもメンターは欠かせない.例えば鶴岡高専のような理工系のメンバが多い場合,技術的な実現可能性ばかりに目を向けてしまいユーザ視点を見失いがちになることがある.常に第三者的にアドバイスができるメンターが必要となる.しかしメンターが務まる人材がいないことが多く,ワークショップ後に学校や企業が自走しづらい要因の1つにもなっている.

最後に展望について述べる.アイデアの良し悪しはアイデアが発想された時ではなく市場すなわちユーザに利用されて初めて分かるものである.デザインシンキングではアイデアがユーザに違和感なく利用される仕組みまでをデザインしなければならないが,鶴岡高専との取組はまだそのステージには至っていない.学校と地元企業が長期的に活動できる仕掛けを作り,鶴岡高専と企業初のアイデアをユーザの手に届けるステージまで実現していきたい.


謝  辞

本稿の執筆にあたり,ワークショップを開催して頂いた鶴岡高専の先生方と学生の方々,多大な支援と参画して頂いた最上世紀の方々には深く感謝をいたします.

脚 注

[ⅰ] 工学教育の改革を目的として考案・提唱された教育指針を基にプロジェクト組織として世界160以上の教育機関が加盟
[ⅱ] 国立高等専門学校機構による各国立高専の強み・特色を伸長することを目的としとした事業
[ⅲ] イノベーションに関するデータの収集,報告及び利用のための国際標準指針
[ⅳ] Generation Zとも呼ばれ、1990年代後半から2000年代生まれの世代のことを指す.デジタルネイティブやリベラルかつ自由な発想,その人口比の高さから今後の消費活動に大きな影響を及ぼすとされている世代

参 考 文 献

[1] 文部科学省:学校基本調査;令和2年度大学等卒業者の就職状況調査(令和3年4月1日現在)
https://www.mext.go.jp/content/20210615-mxt_gakushi01-000014540_01.pdf

[2] 内閣府:経済財政運営と改革の基本方針2020 について
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2020/decision0717.html
pp.28

[3] 文部科学省:学校基本調査;国立高等専門学校の現状等について
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/090/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2018/07/20/1407010_04_2.pdf
pp.42

[4] OECD:Oslo Manual;3rd. edition
https://read.oecd-ilibrary.org/science-and-technology/oslo-manual_9789264013100-en
pp.46-47(2005)

[5] WIPO:Global Innovation Index 2021;14th. edition,
https://www.wipo.int/edocs/pubdocs/en/wipo_pub_gii_2021.pdf
pp.24, pp.100

[6] NEDO: コロナ禍後の社会変化と期待されるイノベーション像,
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/kenkyu_innovation/pdf/019_02_00.pdf
pp.28

[7] 経済産業省:ものづくり白書2016年版;図132-2
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2016/html/honnbunn/101032_1.html

[8] Tim Brown: Design Thinking; Harvard Business Review (June 2008)

[9] Clayton M. Christensen, Taddy Hall, Karen Dillon, and David S. Duncan: Know Your Customers’ Jobs to Be Done; Harvard Business Review (September 2016)

本稿は一般社団法人システム制御情報学会『システム/制御/情報/66 巻 (2022) 6 号』にて掲載されたものです。
産学共同デザインシンキング (jst.go.jp)

著者
寺上  大輔 (DAISUKE TERAUE)
1981年1月生.2004年東京工業大学制御システム工学科卒業.2006年同大学大学院理工学研究科機械物理工学専攻修士課程修了.その後,金型の全自動加工に関するコンサルティング会社などを経て2016年8月より株式会社O2に参画.同社において製造業へのコンサルティング支援やデザインシンキングを用いた新規事業創出や技術ロードマップ策定,産学連携ワークショップのデリバリに従事している。

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