MBD 投資が水泡に帰する要因

2024.06.06
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はじめに

筆者は、MBDのリーディングカンパニーで経験を積み、現在はコンサルタントとして製造業企業におけるMBD適用の支援を行っている。MBDをデジタルトランスフォーメーションの一種と捉えているが、手段であるデジタルが目的化されていることにより、トランスフォーメーションできていない企業が多いことに危機感を抱いている。正しくMBDを適用するための要諦をお伝えしていきたいと思う。

執筆者 長嶺 晋路 マネージャー
国内自動車メーカー出身、製品開発及び生産技術に従事。2020年からオーツー・パートナーズに参画しコンサルタントに転身。MBD含むDX企画構想から設計業務の可視化、自動設計環境の構築と言った企画から自動化までの一連のECM業務改革を得意とする。

1 ツールは手段 目的が重要

MBDとは

MBDは「Model Based Development」の略語である。予め、システムの挙動を数理的に記述したモデルを作成しておき、モデルによるシミュレーションでシステムや部品の挙動を予測・検証する開発手法である。設計段階で挙動を把握できるため、「動く仕様書」と表現されることもある。

MBDのメリット

下図のV字開発プロセスにおける左バンクは設計段階を示しており、右バンクは検証段階を示している。多くの企業では試作品でシステムや部品を検証する「モノありき」開発をしている。MBDのメリットは、試作レスで検証を行えることにある。結果として、左バンクで検証までを完了できるため、試作費用の削減と開発期間を短縮できる。また、モデルによるブレない可読性、再利用性、コード自動生成と言ったメリットにより、開発工数を削減できる。それ以外にも、実機では再現の難しい領域までシミュレーションの条件を振れるため、安全性や品質を向上できる。つまり、QCD(品質・コスト・納期)の全てを向上できる。

誤った解釈

多くのメリットを享受できるため非常に魅力的に映る開発手法であるが、日本国内においてMBDが経営に対して貢献できている企業は少ない。その理由の多くは、MBDに対する誤った解釈にあると筆者は感じている。例えば、シミュレーションツールを導入すれば即時効果が現れると信じている企業が多い。ツールはあくまで手段であり、何を求めたいのか、そのためにツールをどう使うかと言った目的や目標がないと、上手く適用できないと考える。本稿では、MBD適用に悩まれていたお客様が陥っていた問題点を挙げながら、どうすれば経営に対してMBDが貢献できるのか、ひも解いていきたいと思う。

MBDでお困りの方は、オーツー・パートナーズにご相談ください。

2 同じ方向を向いているか

続いて、MBD適用が進まない企業で陥りがちな三つの状態をご紹介していく。

リソース配分

1つ目の状態は、MBDに対するリソース配分の不足である。表面的には設備や人の不足として現れるが、MBDと目先の開発のリソース配分をしないまま両立を現場に求めていることが影響している。このような状態では現場が疲弊して上手く改革を進める事はできない、マネジメントの問題と言える。

技術探求

2つ目の状態は、技術探求の不足である。例えば、シミュレーションが実態と合わない、1つの機種で計算を合わせこむと別の機種で合わなくなるといった事例である。この場合、計算モデルに不足がある、または実機の測定を正しく行えていないことが原因として考えられる。他にもシミュレーションを使うシーンによって技術が深まらない事例もある。例えば、客先要求のイベントとして実施しているが精度を求められない、不具合の解析として部分的に使っているなどである。製品やシステム全体のモデルを充実させて精度を担保することが目的でないため、技術は深まらない。前機種に対する差分設計は日本・海外問わず実施しているが、設計思想といえるアーキテクチャが継承されない、あるいは無いのが日本の製造業の特徴といえる。故に、何故先人達がこの構造を採用したのか理解していないことが多い。このような実態が現場の問題と言える。

プロセス構想

3つ目の状態は、プロセス構想の不足である。例えば 、MBDのリソースを技術開発として確保できていたとしても、商品企画に繋がらない事例は多い。縦割りの組織により、技術開発と商品企画が繋がらず、製品開発の着手タイミングになっても企画が不十分で手戻る、遅延する問題をよく耳にする。この問題は、マネジメントの問題でもあり、現場の問題でもある。要は、開発全体を俯瞰して開発プロセスをどのように繋いで開発を効率化するかを描けていないことが問題の本質である。

ベクトルの統一

これら3つの陥りがちな状態が存在することにより、関係者のベクトルが合致するはずもない。関係者のベクトルを統一するためには、目的を正しく共有・理解することが不可欠である。立場に依らず共通する目的は経営への貢献である。しかし、新入社員でも理解できるこの目的を、日々の業務に追われることで忘れてしまい、夫々が個別の目的を追いがちなのが実態である。

3 経営層こそリスキリングを

続いて、経営に対するMBDの貢献の仕方をご紹介する。

主にマネジメントの立場にある方々に向けた内容になる。マネジメントには、二つのスキルを身に付けていただきたい。

戦略を描く力

1つ目のスキルは、「戦略を描く力」である。マネジメントの役割は、経営に貢献できるように指針を提示することと、現場に対して働きやすい環境を提供して力を引き出すことの2つであると筆者は考える。これら2つの役割を担うためには、戦略を描く必要がある。「戦略」は文字通り、戦うことを省略する意味もあり、やらないことを決めるとも解釈することができる。例えば、MBDの先に、シミュレーションすら回さない世界があり、自動設計で既存製品の開発を回し、新たな価値創造に人的リソースを配分できるように変革していくという目標を据えても良い。この目標は、本来各社が掲げる経営方針から部門方針にブレイクダウンされるべきである。

ありたい姿を定義

つまり、経営方針に則った、在りたい姿である「What」を定義することで、経営に貢献できるように現場を方向付けられる。もう少し具体的に在りたい姿をブレイクダウンしないと現場は動けない。そこで、プロセス・人財・技術の縦軸と時間の横軸のフレームワークを使っていただきたい。時間軸の終着点は、在りたい姿である「What」であるため、何年後にその状態にあるべきか、その手前の中間地点ではどのような状態にあるべきかを、プロセス・人財・技術で定義していただきたい。

デジタル能力

2つ目のスキルは、「デジタルリテラシー」である。デジタルリテラシーとは、デジタル技術について十分に理解し、効果的に活用するためのスキルのことである。1つ目のスキルでは、状態しか定義できていないため、どうやっての「How」が必要になる。例えば、シミュレーションツールを入れただけでは、何も変わらない。そのツールを使いこなせる人財が必要で、社外を頼るのか、社内で人を育てるのかで時間軸が変わる。どのような人財が必要かを理解しないと、その判断もできない。どのような環境設定が求められるかを判断できることが、現場に対して働きやすい環境を提供して力を引き出すことに繋がる。現場は既にデジタルネイティブ世代であり、マネジメント層こそデジタルに対するリスキリングが求められている。

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4 機能から設計仕様を決める

主に設計者に向けた内容をご紹介する。設計者には、「機能を最大化するように設計仕様を決めるスキル」を身に着けていただきたい。

機能の最大化

「機能」とは、顧客要求を実現するための働きである。各機能には達成すべき状態(性能目標)があり、全ての性能目標を定量的に設定することで、開発の良否を把握できる。機能が具現化されたのが物理であり、その間に論理が存在する。これらを繋合わせた表現が、添付左図の「要求―機能―論理―物理 関連図」である。添付右図の「P-diagram」に説明を移す。機能は、エネルギー変換機能、または制御的機能のいずれかで表現できる。つまり、機能のインプットはエネルギー源か情報源のいずれかである。誤差因子は、顧客の使い方や環境に製品が曝されることにより、製品の内部に機能的変化が齎される因子であり、ノイズとも呼ばれる。これらのインプットとノイズを鑑みた上で、エネルギーや情報を効率よく伝達する位置づけが制御因子である。設計者は、機能を最大化するように制御因子を決定しており、これこそが正に設計仕様を決めていることになる。このように、「機能」を中心に据えて考えることにより、具現化手段の選択肢を増やし最適な設計仕様を得られる可能性が高まる。製品やシステムは、複数の機能で成り立っているため、個々の機能を最大化することが顧客満足に繋がる。

論理解明が重要

これを実践するうえで肝となるのが、論理の解明である。機能と物理がどのようなメカニズムで繋がっているか、その法則性を数式で表すとどうなるかを解き明かすことが最も重要であり、その結果がモデルに相当する。この解明行為を通して、先人達が採用してきた物理の根拠も理解できるようになり、更には先人達も気づけなかった設計仕様を生み出せるようになる。正にこの過程が設計者のスキルアップの場となる。 一度作成したモデルは可読性と再利用性が高いため、仕様の擦り合わせやモデル作成の設計工数は抑制され、MBDのメリットを享受できる。

5 モデルの確からしさが重要

最後に主に設計検証者に向けた内容になる。設計検証者には、「MBD適用のための評価スキル」を身に着けていただきたい。

定性から定量へ

MBD適用されている企業の中には、評価手法が適切でないことが多い。例えば車両開発において、人が心地良いと感じる疾走感を加速度などの代理特性として測定する必要がある。五感であっても定量的な数値で表現できなければ、モデルの確からしさは確認できない。MBD適用においては、定性的な評価手法に留めず、定量的な評価手法に置換するスキルを身に着けていただきたい。

中間特性が重要

MBDを進める上で機能の集合体である製品やシステムのモデルを一気に構築することは現実的ではないため、各機能単位における中間特性を評価する手法が求められる。例えば、物理や化学などの法則が複雑に絡み合ってブラックボックス化してしまっている現象に対して、計測データから法則性を同定してモデル化する逆問題解析は有効な手段である。設計検証者は設計した成果物を検証するだけでなく、モデル化を担う設計者の役割も兼ねるべきであると筆者は考える。中間特性の評価手法の確立が、モデルの拡充に繋がることを視野に入れて評価スキルを磨いていただきたい。

計測器側の影響

実際の計測では、計測器側の影響による問題も多い。例えば、測定対象に対する計測センサーの取り付け位置が適切ではない問題や、計測センサー自体が周辺の外部影響を受けて正しく計測できないなどの問題である。このような問題を避けるためにも、検証の前段階で前回ご紹介したP-diagramを活用し、機能に与えるノイズの影響を事前に検討していただきたい。また近年は画像解析技術も向上し、非接触で多くの現象を正しく捉えられるようになっているので、最新の計測手法も探求していただきたい。

前裁きの重要性

ここまで、筆者の経験から、MBDに対する誤った解釈、陥りがちな問題、マネジメントや現場に身に着けていただきたいスキルを紹介してきた。特にシミュレーション手前の「前裁きの重要性」を理解し、段取りできているケースは数少ない。この作業の有無がMBDの成否を決めていると言っても過言ではないと筆者は考える。 今回の記事が、MBD適用を推進・検討してきた読者の皆さんの参考になれば幸いである。

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