人材育成 リスキリングし続ける時代に向けて

2024.10.18
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執筆者 佐野 直人 執行役員 技術コンサルティング担当
スタンフォード大学大学院卒。ウシオ電機にて製品設計(主にエレキ)・要素技術開発に従事。IBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)にてコンサルタントへ転身し主に製造業の各種業務改革プロジェクトや、モジュール化・プラットフォーム化を中心とした設計改革プロジェクトを推進。オーツー・パートナーズ参画後は、製品設計の中身まで踏み込んだエンジニアリングチェーン改革・設計業務改革を主に担当する。

1 社員に活躍の場提供 関心高く

実務重視、大人には合わず

筆者はコンサルティングファームに所属し、製造業を主なクライアントとして企業の成長に向けた企画、提案、実行に広く深く携わっている。そんな中で、特にここ数年で増えてきている依頼が『人材』に関わるものである。目的は現業を担う不足人材の補完、DXの立上げ・実行人材育成、事業ドメイン変化への追従など様々であるが、特に新卒・キャリア採用に苦労している企業において、既存の人員にどんな活躍の場を提供し、必要なスキルをどう身に付けてもらうかに経営者の関心は高い。国をあげて『リスキリング』を推進していることもそれを裏付けている。

ただ、その関心の高さに対して、十分な取組みがなされていないと思われるのは、人材育成の難しさが無関係では無いと考える。難しさの理由として、育成対象が相応に経験や実績を積んだ大人であること、且つそれらをこれまではOJTを含む実務を通して積み上げてきたことが挙げられる。

大人の学びを表す言葉の頭文字をとったP-MARGEという用語がある。ここでの説明は割愛するが、子供、学生とは学びへの期待や考え方が大きく異なることは留意が必要である。また、育成に与えられる時間的猶予が限られる中で、これまでと同じ実務の積上げでの育成は成立し得ない。さらに従来型の育成が、企業の将来を担う若者の期待とも合致しないことは、これを読む皆さんも感じられているかと思う。

この記事では、“土台作り”をテーマに人材育成への取り組み事例をご紹介していく。その中で製造業各社が育成の難しさにどう向き合っているのかをお伝えしたい。各事例の概要とポイントは、

1. 個人の学びの土台作り

エンジニアが携わる業務の本質と学びのプロセス(=何を、どう学ぶか)を、入社後の適切なタイミングで伝え、身に付けてもらうことで、学びの速さ、深さを向上させる。

2. 組織的な人材育成の土台作り

ものづくりのコアとなる製品設計や生産準備といったエンジニアが担う業務の基礎を全社員が必須研修として学ぶことに加え、その研修講師を前年の受講者が担うことで、学びを定着させるだけでなく、教える能力を持つ人材を量産する。

3.『リスキリング』の土台作り

未経験の業務領域へのチャレンジに向け、日々遭遇するであろう様々な問題事象への対応も含めた実践的模擬シナリオを用意。実務に近い環境も用意し、緊張感をもって業務を疑似体験することで、学びながら『リスキリング』への不安も解消する。

4. 新たな役割へのチャレンジの土台作り

例えば担当者から統括職への役割変更では、求められる視座の高さや視野の広さが大きく変わる。さらに状況に応じた迅速な判断も求められるようになる。新たな役割を担う前に多くの社内事例を通して学ぶ環境を用意しておくことで、スキル向上だけでなくストレスの低減も図る。

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2 学びの土台作り

PM候補、新卒2-3年目に

ご相談いただく人材不足の中でも特に多いのがPM(=プロジェクトマネージャー)人材に関するものである。要素ごとの専門人材は育っても、“全体”を俯瞰し、専門家を束ね、製品やサービスの付加価値向上や、トラブル対応、改革活動等をリードできる人材が育っていないという現状をお聞きする。

PMに求められる“全体”には、例えば業務軸、技術軸、IT軸があり、それぞれ、およびそれぞれの関係をバランスよく理解し、且つ特定の領域において深い知見と経験を持っている人材、というのがPMのイメージではないだろうか。

業務軸では企業の機能部門(企画・開発・設計・生産技術・製造・購買/調達・品質管理/保証・カスタマーサポートなど)の役割や、プロセスを理解し、目的に応じた機能部門同士の接点を把握していることが重要である。技術軸は、製品やサービスの要求や仕様と実現手段の相関を深く理解していること、および構成要素である機械、電気、ソフトウエアの現有技術、市場にある技術、将来の技術を体系的に理解できていることなどが求められる。さらにIT軸では業務支援IT(製品設計であればCADやCAEツール、営業支援ツールであるSFA、製造実行支援のMESなど)だけでなく、経営を司る基幹システム、データやプロセスマネージメントシステムであるPLM、データベースなど多岐に渡る仕組みの理解が求められ、さらにはそれぞれのAI等による将来の進化もイメージできていることが要件になるであろう。

これらをカバーできる能力の高い人材が一定数は企業内や人材市場に存在しているが、需要過多であり、育成が急務であるという各社の認識が冒頭のご相談につながっている。

ここで、まだ社会人経験の浅い人材に対して、将来のPM候補としての「学びの土台」を形成している事例をご紹介したい。ポイントの一つは学びの開始時期である。この事例では新卒社員1年目の到達地点を、現場実習、基礎教育、OJTなどを通して会社や所属部門の機能、自社の製品やサービスを凡そ理解し、与えられたタスクをこなし始める段階と置いている。この期間に付加価値とは?を伝えたところで、抽象度が高すぎ、知見・経験の浅い状態では具体に落とし込むことができず、学びにつながらない。そこで、2年目もしくは3年目を土台形成のスタートとし、学びの機会を提供し始めている。逆にスタート時期が遅すぎると具体の理解が深すぎ、抽象度の高い話を特定の事象にのみ当て込んでしまうことを懸念している。

二つ目のポイントは学び方である。PMに求められる広く高度な知見を一度に学ぶことは不可能であり、継続的な学びと経験で積み上げていることが必要となる。座学の間にある課題や演習を通して、記憶の定着だけでなく、未知のことをどう学ぶかも学べるよう工夫している。例えば、過去のトラブル事象において、実際の不完全なデータを元に暫定的にどう分析するか、と合わせて本来社内のデータベースはどうあるべきかという未知で且つ恒久的なアプローチも考えてもらう等である。

3 組織的な人材育成の土台作り

続いて、個の学びに加え、組織としての学びの土台作りの事例をご紹介したい。

研修講師、前年受講者が担う

事業の変化のスピードが増していく中で、人材に求める要件も同様に変化している。それに対しての個人の対応事例を前回ご紹介した。今回は個人の成長も支えつつ、組織としての人材育成能力を高め、質だけでなく、より多くの人材を生み出そうとする取組みについて紹介したい。

企業において、他人に知識を体系的に伝える経験をする人は意外に少ないように思う。知識を効率的に伝えるためには、当然ながら伝える側は知識を体系的に理解している必要がある。知識を体系化する手段、手法やフレームワークは多くの書籍にもなっているが、それを実務において実践するのは容易ではない。

なぜなら、書籍は汎用的なものであり、抽象度が高く、それを実務=具体で実行するためには、具体を知ることに加え、抽象と具体を結びつける能力、すなわち一般的な理論や概念を実際の仕事や状況に当てはめる能力が求められるからだ。一方で企業にはその能力を短期間で磨く場が少ない。そのため、知識を伝えられないという悪循環が生じる。ただ、その能力を組織として伸ばし続けられれば、人材育成において大きな強みとなる。

そこで、その能力を磨く場(知識を体系化する場)を他人に知識を伝える場として定義し、持続的な学びの環境を用意したのが、今回ご紹介する事例である。

簡単に言えば、教育を受講した一定期間の後に、その教育の講師をその受講生が担うのである。ポイントは、受講から講義を担うまでの期間を学びの実践の場と位置づけ、講義前の一定期間を準備に当て、実践してきたことと教育として学んだことを重ね合わせて振り返ることである。それは実践してきたことを教育の中で経験として語れるようにするだけではなく、実践と教育とを結びつけるために知識を体系化する訓練でもある。

ある企業では対象を「ものづくりの基礎」とし、ものづくりのプロセス全体を新入社員が学び、その講師を前年に同講座を受講した若手社員が担っている。講師は部門を限定せず、文系出身の調達部門に配属されたメンバーが、技術部門の新入社員に教えることもある。準備期間もあえて短く設定することで、「教えることは何で、自分が何を知っていて、何を知らないか、誰が知っているのか」を効率的に理解することが求められ、訓練の効果をより上げることを狙っている。

当然、講師のサポートは必要であり、講師のための講師(サポーター)も用意する。さらにサポーターは講義の中でも最低限のフォローを入れ、受講者の学びが適切に行われることを担保する。講義後の振り返りも重要で、特に準備段階を振り返ることで、知識だけでなく、学び方も定着させる。この取組みによって、教える能力と教えられる人数の両方を増やすことに加え、人を育てる文化・風土の醸成も狙っている。

ここで重要なのはサポーターの力量であり、継続的に学びを深める循環が回っていくことで内部人材にて対応できるようになる。

人材育成でお困りの方は、オーツー・パートナーズにご相談ください。

4 リスキリングの土台作り

個の努力に依存しがちな「リスキリング」を、企業としてしっかりと土台づくりをした事例をご紹介したい。

「模擬実務」で経験を積む

限られた人員にて事業の成長や変化に対応するため、「リスキリング」がテーマとして取り上げられることが増えてきているのではないかと思う。新環境での活躍には二つのパターンが考えられる。一つはそのまま活躍できる役割を見つける、もう一つは活躍を求められる役割を担えるよう、自らを変え適応することである。経験を積んだ大人にとって、より難易度が高いのは後者であり、「リスキリング」はこれに該当する。

リスキリングの難しさはどこからくるのであろうか?

大人がキャリアをゼロから作り直すのは難しい。そのためこれまでの役割で積み上げてきたスキルや知見と、新たな環境・役割で求められるそれらとの接点を見つけることが重要になる。ただそれらがぴったりと一致しないのが「リスキリング」であるので、スキルや知見の抽象度をあげて接点を見つける必要がある。つまり既存のスキルを一般化し新しい分野との共通点を見出すことが重要になる。例えば、筆者は元々エンジニアとして製品開発に携わっていたが、その後コンサルタントに転身した。製品開発とは、シンプルに言えば、ユーザの求める価値を仕様化し、その仕様を設計諸元に変換し、価値とモノとを繋ぎ合わせる作業である。一方コンサルタントの役割の一つはクライアントの目指す姿から課題を定義し、施策に落とし込むことで、理想と施策とを繋ぎ合わせることである。両者で方法は違えども“繋ぎ合わせる”というレベルで接点を見つけることができる。その接点が見つけられれば、エンジニアとしての知見のコンサルティングサービスでの活かし方もより具体化することができる。ただし、これを本人が自力で気づくことは難しく、そこに外部のサポートがあることで「リスキリング」の労力と時間を低減できる。

今回ご紹介するのは、エンジニアが業務プロセス(企画量産→個別受注)も技術要素も違う製品開発に適応するために企業が土台をつくるサポートをした事例である。

このサポートプログラムのコンセプトは「実践的学習」である。一般に実践的学習というとOJTを思い浮かべると思うが、実際の実務を模擬した研修を通じて学びや経験を積み、その後実務に移行する。ここでの学びとはここまで記してきた接点を認識させた上で、新たな環境で必要になるプロセスや技術的な知見を積み上げることである。また模擬実務をやり切ることで自己変革への自信を培い、新たな挑戦へのモチベーションを高めることも狙っている。

研修はスタッフ部門が担い、数カ月を掛け、受講者はこの間兼務はしない。さらに専任の講師、仮想実務で登場するクライアントやサプライヤ役を担うサポーターも用意している。学んだ後の実務計画も重要で、学んだことがすぐに活かせるよう事業部門とも連携する。

本運用に向けての準備には試行も含めて1年ほどの期間を掛け、ち密に準備している。 「リスキリング」の重要性が高まる中、人的資本の向上が投資以上の価値をもたらすとの判断の下で取り組んだ事例をご紹介した。

5 新たな役割の土台作り

最後は役割の変化のための土台づくりの事例をご紹介する。

問題事象を題材に「考える」

エンジニアとして技術に携わり続けたいと思っても、一定の割合で管理職やPM(プロジェクトマネージャー)へと役割の変化を求められる。そこでは例えば、深さの追求だけではなく、ステークホルダー全体を見据える視座の高さや、視野の広さを持って妥協点を探るような、全く異なるスキルが求められる。

前任者もおり、手法を踏襲することで多くの人は役割を担うことはできる。ただ、役割を果たすことができるためには、その重責の中で相応の経験を積む必要がある。結果として成長にかなりの期間を要したり、挫折してしまったりするケースもある。

管理者やPMの難しさの一つは教科書通りには事が運ばないということであろう。結論に影響するパラメータは無数にある。自社のことだけでもチーム体制、メンバーのスキル、予算の制約などがあるし、さらにはお客様や協力パートナーとの関係など、都度状況を把握した上で、迅速かつ最適と思われる判断をすることは、どれだけ経験を積んでも難しい。

それを踏まえた人材育成の難しさは、育成のベースとなる“経験”を意図して生み出せないことにある。上記の業務特性であるが故に育成は経験ベースになりがちである。しかし実務だけでは足りない経験、多様な経験がバランスよく現れる訳はなく、成長のスピードが運任せになってしまう。

今回紹介するのは、新たな役割を担う前の土台作りをサポートする事例である。課題に対するコンセプトは千本ノックで、新たな役割において向き合うと思われる問題事象を題材として用意し、考える機会を与え続ける。

そのポイントは

①題材は自社事例であること:自社の制約を理解し、その制約の中で答えを導くことを学ぶ

②答え合わせをしないこと:解答例は示すが正解とは言わない。実務では答えは後からしかわからないことを学ぶ

③考えさせ過ぎないこと:結論を出すまでの時間は常に有限であることを学ぶ

特に注意を払ったのが題材の選定である。まずは育てたい人材イメージを固める。すると、どのような問題事象に対して、どんな考えで向き合って欲しいかが具体化してくる。それにフィットした題材案を各部門から提供してもらう。育成対象が設計者であるから技術部門だけが題材を設定するのではなく、営業、製造や調達部門など関係部門の視点で案を出し、解答例も一緒に作り上げる。

準備には試行も含めて約四カ月を掛けた。最初に整備したのは五十問とし、各問いを充実させることと運用開始を優先した。

今回の記事で人材育成に必要な様々な土台作りの大切さを事例と合わせてご紹介してきた。土台と聞くと即効性の低さがイメージされそうだが、そうではないということを理解いただけていれば幸いである。また人的資本強化の重要さは疑う余地はないと思うが、相応の投資も必要であり一歩を踏み出すことは容易ではない。その一歩を踏み出す一助になっていればなお幸いである。

人材育成でお困りの方は、オーツー・パートナーズにご相談ください。

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